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子供時代の話を書いてみようと思います。
暗い話を好まない方はスルーしてくださいね。
私が生まれた時両親は24歳、当時ではごく一般的な年齢だったと思う。その後、私が生後1ヶ月を迎える前に母は「膠原病」という病気になった。今ではこの病気を研究する先生も増え医療機関も薬も充実しているが、当時は一体何の病気かさえ不明のまま母は生死の境を彷徨う状態だったらしい。母は入退院を繰り返す生活を余儀なくされ、その間私はどちらかの祖父母や叔母の家に預けられた。(私は一人っ子)

ある時、父に
「お前が生まれたからお母さんはあんな体になった」
「お前がお母さんのええとこ全部持っていってしまったな」
といわれたこと。
母が入院前に
「いい子にしているのよ。皆に迷惑をかけないようにね」
と言い、見舞いに行くと
「ちゃんといい子にしてるの?隠そうとしてもわかるのよ。お母さんは叔母ちゃん達と話してるから知ってるのよ」
と言ったこと。
叔母や祖母は母が入院する度に
「○ちゃんがいい子じゃなかったからお母さんはまた入院することになったのよ」
と言ったこと。
これが子供時代鮮明に覚えている言葉たち。

私は邪魔な子、
いい子にしててもお母さんを入院させてしまういけない子、
生まれてはいけなかった子
物心付いた時自分という存在を冷静に分析したらこんな感じだった。

だからまず大人の顔色を伺うようになり、その場で求められているいい子像を作り必死に演じた。勉強ができること、家事を手伝うこと、子供らしく元気に外で遊ぶこと、大人の言うことを何でも素直に聞くこと、大人しいこと、大人達の「いい子」はバラバラで、だから咄嗟に今対峙しているこの人にとっての「いい子」がどれなのか空気を読むようになった。ただ「いい子でいなければいけない」というプレッシャーの中で日々過ごした。

そんな生活の中で祖父母の家に居たたくさんの猫たちに癒された。癒しという言葉は知らなくても内容を経験で知ったという感じ。側にべったりな猫、隠れて泣いている私のことをじっと見つめる猫、散歩へ出掛ける時に一声掛けてくれる猫、いろんな猫がいてこの頃私が唯一信頼できたのは猫だったように思う。それが今の猫好きに繋がるのだけど。

周りの大人に
「お母さんは病気で体弱いのに○ちゃんは元気いいね。」
「○ちゃんは家のことを手伝ってお母さんを助けてあげてね」
と言われると、
元気でいなきゃいけないと思い38度あっても風邪で声が出なくても学校へ行った。ケガをしても痛いと騒いではいけないと一人でこっそり手当てをしたり、母の手を煩わせてはいけないと幼稚園の頃から家事を手伝い、退院して家で休んでいる母に聞きながら一人でご飯も作れるようになった。

そんな生活が続き小学校3年の頃、母は薬は手放せないものの通院しながら生活を送ることができるようになった。
ただその頃には、根付いた自分の考えや行動がもはや演技なのか素の自分なのか曖昧な境界線の私が出来上がっており、周囲の子供(とても子供らしい子。子供でいることを許されて育った子)を冷めた目で見る私がいた。

今、思うと大人たちはそれぞれ必死だっただけ。
何の病気かもわからずいつ死ぬかもわからない命を優先するあまり、子供である私に手がまわらなかっただけ。
決して、私という子供を愛していなかった訳ではなく父も当事者の母も皆そこまでの余裕がなかっただけ。
立場を変えて物事を見てみれば、
「元気がいいね」という言葉も「お母さんのように苦しい思いをしなくて(当時は遺伝かどうかも不明だった)よかったね」
という温かい言葉にも聞こえる。

例えば、日光に当たると熱を出す母の代わりに夏になると父が海や近所のプールへ連れて行ってくれたこと。
そのとき、父の背中に張り付いて泳ぐスタイルを「親子亀」と呼び名をつけてそのスタイルで一日過ごしたこと。
周囲が家族連れで溢れている中、父と子の二人でも寂しくなかったこと。

母の具合がいい時は、お菓子やパン作りを教えてもらったこと。
その時には大好きな「リチャード・クレイダーマン」が流れていたこと。
冬は編み物をして親子3人で着れるお揃いのセーターを作ったこと。
洋裁が得意だった母とお揃いのワンピースを着てお出かけしたこと。

いろんな幸せな記憶があるから、冷めた目で世の中を見るようになった私だが決して不幸な子ではなかったと思っている。フラストレーションが溜まって外へ向かうこともなかった。グレるとか親を困らせることに繋がる選択肢は無意識のうちに排除していたし。

ただ元気な母と一緒に過ごせることが嬉しくて。
そんな母を優しく見守る父の温かい空気がすきで。
そこに居られる自分が少しでも長くこの平和を味わえるよう祈るような子供時代だった。

そんな過去があるから今の私がいる。周囲の子より少しだけ早くいろんなことを経験しただけで皆いつかは通る道なのだと思う。忍耐・諦め・怒り・焦り・妬み・孤独・悲しみ・失望・恨みそういったマイナスの感情を一度も持たないまま大人になった人はいないだろう。

そして猫が側にいてくれたこと。長い年月の中でいろんな猫に出会い別れがあったが、猫がいてくれたから今私はちゃんと笑えているのかもしれないと思う。だから道端で出会う猫を見過ごすことができない。たとえ飼うことができなくても罪なき命と思うとせめてご飯をあげることくらいしかできないけれどあの頃の私を支えてくれた恩返しだと思っている。勝手な都合だが、一度くらいは人間って温かいんだと猫たちに知って欲しくて。

今、私は夫と出会い支え支えられ幸せの日々を送っている。
決して子供の頃を消したいとか別の人生を送りたいと思わない。

それがあのときの事実だから。
事実を受け止め、自分をいとおしいと思い今日も生きていく。
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2007.10.23 
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