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長期、日向ぼっこに出かけた理由というか経緯ですが
私の心の弱さ・そして自分の甘さにありました。

その少し前から日参していたブロガーさん達が相次いで
閉鎖を決められて、
寂しい・悲しい、そして無力だなという気持ちが
毎日消えることなく溜まっていきました。


ネットでの繋がりというのは
文字が全てで、個人的な繋がるツールを持たない故
閉鎖されてしまうと、もうその方たちとは永遠に会えない訳です。

それでも、この同じ空の下どこかで繋がっていて
きっとあの方たちらしく生活されているんだろうと
前向きに捕らえ、応援する形で見送ってきました。

それに閉鎖は、その方たちが悪いわけではなく
いろいろな事情・状況の中で決断されたことで
中には旅立ちという笑って手を振っての別れもありました。

それでも、頭ではわかっているそうした関係に
心がついていけず、迷子ちゃんになってしまったんですね。

私よりもっともっとお付き合いの長かった方たちは
寂しい想いの中、ちゃんと平常の生活を(表面的にはかも)送られ
ブログも更新されているのに、
私は寂しいあまりPCに向かう気力を少しずつ失っていき
ついには自分の生活にさえ、その寂しさを混ぜ込んでしまったんです。



私はこのブログを始めるにあたって決めていたこと

それは

プラスのこと、楽しいこと、嬉しいこと、
ちょっとした日常のくすっとなれたことなど

出来るだけ書く私も読んで下さる方たちも
笑顔になれることを書こうということ。

(中にはどうしても書きたくなって吐き出すように書いた
辛い内容の記事もありますが)


それが、段々と私自身の生活まで寂しい気持ちに押しつぶされ
とても書ける状態ではなくなってしまったんです。

食事を取らなかったり、眠れなかったり・・・・・
そんなことをしても誰も喜ばないのに。


だから、一旦距離を置いてみようと。

そして一から自分を見つめなおして、ブログとは何ぞや
ここでのコミュニケーションとは何ぞやというのを
自分の中で整理し直そうと決めました。


けして、閉鎖されてしまった方たちを責めているのではありません。

全ては私の弱さ、
そしてブログを通してのコミュニケーションとは
どういうものなのか
きちんと自分の中で引き出しを作って

出会いもあれば、別れもあるのだと
覚悟しておかなかった私が悪いのです。

それから、同じ寂しさを共有する方たちと
もっともっとなんらかのツールを使って、その寂しさについて語り
一緒に泣き、吐き出せばよかったのかも知れません。

ただ、皆さんが個々に頑張っておられるのに
私一人の甘えや弱さで寄りかかってはいかん!と
今思えば、必要以上にバリアを張って、
自分の殻に閉じこもってしまったように思います。


と、まあそんなこんなで
長期日向ぼっこに出かけて、週末には泊まりがけで実家へ帰り
(電車で15分のところに住んでますが・・)

りゅうちゃんと遊び、一緒に寝て、母と他愛もない事を話し
久しぶりに母の手料理を食べ、
(普段、顔を出してもお茶を飲むくらいでしたので)
心と身体の洗濯をしてきました。


どうか、閉鎖を決められた方たちがお元気でその方たちらしく
笑って生活されていることを願ってやみません。

そして、私は私で今ここで出来ることを後悔のないようやっていこうと
思えるようになりましたので、
少し時間はかかりましたが、帰ってきました。


こんな未熟者の私ではありますが、愛想を尽かさずに
どうかこれからもお付き合い願えればと思います。


長くなりましたので、その他にあった様々な変化は
また今度!
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2008.02.28 
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